東京ぼっち。

思考の羅列、日記_φ(・_・

当事者だから

2017.05.10(水)

自分を苦しめるものから逃げたくて趣味や仕事に打ち込んでみるものの、根本的に解決していないから逃げ切れるわけもなくて。

考えれば考えるほどに何が正しいのか分からなくなっていくし、せめてこうであって欲しいという願望が打ち砕かれるのも怖い。

結局なにも纏まらないまま、自信も無いまま思いつくことをつらつらと並べて、説得力のかけらもない言葉の羅列になることも目に見えている。

何をしても無駄かもしれないことだ。考えるだけ疲れてしまう。そのうち身体まで壊してしまいそうで心配している。

結論

‪ゆるしたい相手を決してゆるせずに生きていく人と、ゆるされたい相手に決してゆるしてもらえずに生きていく人は、どちらが悲しいのだろう。‬

‪8年ものあいだ何度も考えたある本の一節だが、ここに重ねていた人物は、今では“ゆるしたい相手”ですらなくなってしまった。‬

情なんてのもない。

冷たく。

‪2017.04.02(日)

メールの1つでもしてやりたいが、なんと送るのが妥当か思いつかない。それに、私がどう思っているのかは謎のままにしておきたい。‬
‪もしあなたが期待を少しでも抱いていたなら、それはあっさり打ち砕かれることでしょう。

いっそのこと、その絶望感を味わってもらいたいの。‬

頼りどころを間違えるな

2017.03.25(土)

手が届かないなら諦めるしかないのだろうか。

そんなことを考えて、アルコールに走る。

行きつけの居酒屋は心地がよい。カウンター席でひとりぼーっと流し込んで、忘れられないその姿を想う。

そもそも諦念というものが己にふさわしいものではなかったか

‪2017.03.21(火)

どこまで行っても灰色の諦念とくすぶるような苛立ちに打ちひしがれては、真空パックの中で息をしようともがくような感覚にさせられて苦しい。‬
‪それらは一秒ごとに成長して体重を増していくのだ。

先の見えない不安のせいで、何もかも投げ出して死んでしまいたい。

 

春の冷たい雨が桜の開花を妨げている。

気分は曇天

2017.03.09(木)

何かにつけてすぐ感傷的になるのをやめたい。

無駄に疲れるし、仕事もプライベートも波に乗らなくなってしまいそうだ。

と言うものの、仕事のストレスが祟っての結果なのだけれど。

一方で、他人の心配をひきつけたくてしているところも素直に言えばある。どんより落ちこんでいるところに優しく手を差し伸べられては、励ましや慰めの言葉をもらう。そこに、自分は大事にされているという安心感と自己肯定感を見出したいのだ。こんなことばかりしている。でもそうでもしないと精神の安定が図れないのも事実。仕事で落ちこむのも嘘ではないし、生きることにすら前向きになれないと感じることもしばしばなのだから。

明日からはポジティブに生きよう、と意気込むほど空回りしてしまうから、意気込むのはやめた。

腸のあたりがチクチクする。寝る。

価値と愛と。

2017.03.05(日)

死にたいとか、この仕事向いてないかもしれないとか、何を頼りに生きればいいとか、気がづくとそんなことばかりが頭をよぎっている。

己になんの価値も見出せない証。

価値がほしい。

必要とされたくて、賞賛もされたい。

愛されたくて、愛したい。

あ〜〜、誰か〜〜〜〜。